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上海つれづれ その5  継承語ー2言語環境に育つ子どもの言語獲得

国際結婚家庭に共通した悩みだと思うけど
今日は2言語環境に育つ子どもの言語獲得の話。
海知と翼知は、パパが中国語で私が日本語だから
その接触量に違いはあるけれど、いちおう2言語環境に育つことになる。
すると
会った人はみな,日本に住んでいるこの二人が中国語で話せるだろうと思っているし
中国語を話したいだろうと決めてしまっていることが多い。
二人がパパとは日本語で話し、中国語が話せないとなると
決まって(特に中国の人は)
「どうして中国語を教えなかったの!」
「どうやってコミュニケーションするの?」と聞いてくる。
ひどい人は「1年ぐらい中国に住んだらどう?子どもだけでも」と
これまた無責任なことをいう。

私は、この分野がいちおう専門なので答えたいことが山のようにあるけど
中国語で説明できないし、まして話してもわかってもらえないことのほうが
多いからいつも黙っているけど、、、

大概の人は、パパが中国人=子どもは中国語が話せる、話すべきだと思っているようだ。
でもそれは大きな間違い。というか、そうなるためには親の努力が必要になる。

3月に名古屋外国語大学でバイリンガル教育の第一人者である
Jim Cumminsの講演があった。
その中で印象的だったのは、アメリカに移住した韓国人家族の話。
要旨は
「子どもに英語力をつけさせるために、ある韓国人家族がアメリカに移住した。
子どもたちは現地で努力してネイティブと遜色ない英語の発音や文法力を身につけ
学校生活を送っていた。家では、韓国語もつかうけれどやっぱり彼らにとっての
生活言語は英語にとってかわっていた。そこへ、韓国に住んでいる祖父母が孫に
会いにアメリカにやってきた。ところが、韓国語で交流できず、また目上の者を敬うという
韓国の文化をもあまり身につけているように思えない孫を見て、祖父母は自分の息子、
つまり子どもたちの父親を殴った」というものだ。


この話は別段珍しいものではない。どちらかといえばよくある話。
そしてたぶん我が家もこの例だろう。
言語獲得プロセスや言語環境は、個々によって違うので一般化はできないけど
だいたい子どもは自分が学校や幼稚園という自分の所属する社会で
生きていくのに「何語を話したらよいか」が本能的にわかっている。
先程の例なら英語、うちの例なら日本語だ。
それ以外の言語は、はっきりいえば後回し。
ただ、親のどちらかが社会言語を話せない場合は、交流のために
親の言語を話し続けていくことができるかもしれない。

私が長期にわたって観察している、中国残留孤児の子どもたちがいる。
親が中国語しか話せないのに、小学校や中学校に通う子供たちのほとんどは、
もう日本語しか話さないし、話せない。
だから親との間にコミュニケーションギャップに起因するさまざまな問題を抱えている。
だって誰と中国語を使うというのか?いとこだって友達だってみんな日本語。

子どもの言語能力を考えるとき、
学習言語 と 生活言語 の2種類からみなければいけない。
一般の人が見た「すごいなー、あの子はべらべら外国語を話してるよ」というのは
生活言語、日常で使う言語のこと。
日本の子供だってお父さんの仕事で海外に居住するとあっという間にその国の言葉で
話せるようになるのがその好例。親はびっくりして「子どもはあっという間だから」というけど
だからといってその言語で本が読めたり、作文が書けたり、、というのは別問題。
これを学習言語という。
生活言語の獲得には、早い子どもで数か月、ふつうは1年ぐらい。
しかし、学習言語の獲得には5~6年かかるといわれている。
しかも学習言語は、生活言語の確立の上に発達するものだから、日常の言語が
話せないうちは、学習にはついていけない「落ちこぼれ」になってしまうのだ。

ただし!
母語で学習経験を持つ子どもはまたちがう。
たとえば日本で3年生まで学校に通った子供は、学習の仕方や態度、ストラテジーを
体得してるし、認知力が発達している。
英語で???でも、日本語に置き換えたりすると授業にはついていけることが多い。
そんなサポートを受けている間に、生活言語が発達していってそのうち
現地化したといわれる子どもになっているのである。
そしてその閾は11歳といわれている(本当はもっと早いかもしれないけど)

バイリンガルでいなければいけないのかな。
2言語を流暢に操らなければいけないのかな。
母語がしっかり獲得されていて、認知力や思考力があって、
学習に意欲があって、、、だけではだめなのかな。

今回海知は中国で膀胱炎みたいな症状になった
5分おき、ひどいときには1分も待たずトイレに行ってちょっとだけおしっこをする、の繰り返し。
飛行機が離陸するその瞬間に「トイレ行きたい」と言って、スチュワーデスさんに
「もうちょっと待って」と言われたことも。
中国滞在中それはずっと続いていた。
車でもいざというときのためいつもビニール袋を準備していて実際使ったことも。
帰国後受診したら全く問題なく、おしっこも健康で、
先生も「????うーん、心理的な問題でしょう」とのこと。
ユーモアが好きで人を笑わせたり、その場のムードを盛り上げたりするのが
大好きな海知は、それが中国語でできないことできっとジレンマ、葛藤を抱えていたのだと思う。
誰も知っている人がいないトルコとかメキシコならいざしらず、中国で会う人は
みんな海知を知っていて、じゃんじゃん話しかけてくる、しかも中国語を期待してるから、
きっと辛かったんだと思う。そして「いやだ、話したくない」と言えない海知の
表現方法が膀胱炎だったのだ。
海知は「じゃーん」と中国語で答えてみんなをびっくりさせたい、でもできない。
すると今度は片言の日本語で質問が飛んでくる。
「上海はどう?」「上海はおもしろい?」
それがまた海知にはおもしろくない。

パパもずっと上海にいて、日本語で一生懸命学校に通って勉強している海知が
ぺらぺら中国語を話せるわけない!
大人だって今シリアに行って、シリア人に会って、「さあ、******と言いなさい」と
毎日シリア語を押しつけられて素直に発問してみても「こりゃなんだ?」と思って
内心おもしろくないにちがいないのだ。
好奇心旺盛で、「今のはどういう意味?」と食いついてくる人もいるだろうし
海知みたいにほっといたほうがいい場合もある。
ほっといたら、ひとりでぶつぶつ練習したりして、現にスケートの先生とはちゃんと
コミュニケーションしていたのだから。

ずいぶん長くなったけど、
海知にとって、中国語は「母語」でもなく「外国語」でもなく、「継承語」なのである。
これはカナダやオーストラリアのHeritage Languageから来ている。
親の言語や文化を受け継ぐという意味だけど、必ずしもその言語で勝負していく必要はないのだ。
アイデンティティの変容に応じて、自ら学び始めるかもしれないし、あるいは拒否するかも
しれない。でもそれでいいと思う。
それぐらい気楽にいかないと、海知は来年は上海に行かないかもしれないなあ、と
私はちょっと心配です。
でも「おりこうさん」が好きな海知は、「パパ、来年も上海に行く!」と言って
パパを喜ばせています。

今回はもう自分をしっかり持っている小学生の海知にとって
ちょっと試練の中国でした。
言語問題は、本当は親がちゃんとサポートしないといけないのだ。
言語をはく奪された経験のない日本人はどちらかといえば「その場まかせ」になっていると
よく指摘されるけど、私も本当にそのとおり。つくづく反省です。





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コメント 8

ぱん母

tomoさんこんにちは。
海知くん、いろんな経験をした夏休みだったのですね。
でもきっとグ~ンと成長する糧になったのではないでしょうか^^)

「継承語」と言う言葉、初めて知りました。
うちの娘にとっても中国語はまさに「継承語」になると思います。
だからこそ、習得には親のかなりの努力が必要でしょうね・・
今年の夏こそ「母子で一日一語中国語を覚えよう!」なんて計画していましたが、一日も出来ませんでした^^;)
私も日々反省です。
by ぱん母 (2007-09-12 21:59) 

とも

中国語で交流する人たち、具体的にはパパ側の親戚がいて、パパもその言葉を使ってる、やっぱり外国語ではないんですよね。ぱん母さんちは、ご主人が日本にずっといることを決意されているようだし、ますます中国語習得はいろいろ難しいでしょう?
またお話聞かせてください。
by とも (2007-09-13 05:52) 

貴重なお話で、とてもいい勉強になりました。
母語でもなく外国語でもない、文化や習慣や言語の「継承としての言語」。ふと思ったのは、少数民族の言語の継承はまさにこのカテゴリーかな・・・と。
もちろん中国は少数民族が多くて、言語も国家の政策として行なわれているので参考になるのでしょうか。
むかし北海道にアイヌ民族とともに文字を持たない「ウィルタ」という少数民族が存在していて、しかし民族の言語は当然あるわけで、その継承に努力されていた方とお会いしたことがありました。
生活としての言語は日本語なのだが、文化や伝統の継承のためには少数民族としての言語を回復することが大切だという話を聞いたことがありました。まさにともさんのおっしゃっているお話と共通するように感じました。
海知くんの「膀胱炎」のお話はなにかの記録に残されることが望ましいですね。
by (2007-09-16 11:24) 

とも

cocoa051さんは何者?というのが私と海知の共通意見です(笑)
海知いわく「ハンバーガやさんだけど、ハンバーガ以外のことが好きな人」らしいです。本当かなあ。いろんなことよくご存じですよね。貴重なコメントをいただいてありがとうございました。継承の努力が実らず、消滅していく言語もたくさんあるんですよね、世の中には。
by とも (2007-09-18 10:12) 

何者でしょう? 海知くんの言う「ハンバーガーやさんだけど、ハンバーガー以外のことが好きな人」なんですよ。
ご主人は上海の出身ですか。わたしは中国や韓国など、アジアが好きなんです。中国人で好きな人は①周総理、②孫文、③朱徳(人民解放軍総参謀長だったかな)、そして④郭沫若さんです。
by (2007-09-18 19:01) 

とも

海知は「ぼくのいうとおりやった!」と喜んでます。主人は瀋陽出身なんおです。しかし、cocoa051さんは博学というか好奇心がすごいというか、ぜひお会いしてみたいですね(笑)郭さんは私も好き!あとコンリー!
by とも (2007-09-19 19:32) 

ぽんぽこぽん

そーゆー問題もあるんですねー。
うちの親戚(祖母の妹の子供)さんも台湾人との国際結婚で、
普段は英語で話してるって言ってました。
アメリカの大学で知り合ったからかな?
2ヶ国語以上話せるのってすごいカッコよくて!
産まれた子供は、恵まれた環境だなぁ~いいなぁ~って思ってましたが
大変な事もそりゃ多いんだろうなーって思います。

今回の記事の件でもそうですよねー。
ベッキーだってウエンツだって、ハーフだけど英語話せないらしいし。
その辺は、他人がとやかく言うことじゃないですよね。
by ぽんぽこぽん (2007-09-20 10:26) 

とも

そうなんですかー。台湾人との国際結婚でも子供はきっと台湾語は話さないんでしょうねえ。どこで住んでるかとか、夫婦が何語で話してるかとかいう要素が大きいんでしょうね。そうだ!べっきーもウエンツもそうなんだ、海知は鬼太郎が好きだから、ウエンツの話をして勇気づけます!ありがとうございます。
by とも (2007-09-20 11:04) 

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